三国志武将を偲ぶ 忍者ブログ
三国志の武将の事をぼんやりと考えていきます。
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2017/10/17 (Tue)
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2012/01/10 (Tue)


三国志最強の武将。その武力(特に弓)は圧倒的だったようです。しかし、忠誠心や人徳などは悲しいくらいに無い。節操が無い行動を繰り返し結局破滅した武将。

その個性は三国志の中でも際立っており、物語上、欠かす事のできない武将なので、知名度は凄く高い。ギラギラした野心と思慮の足りなさ。現代にも多そうなタイプ。


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2011/12/28 (Wed)


蜀の五虎将軍の一人。関羽、張飛と並んで古くからの配下であるが、意外と位は低かったようです。孔明も重用して度々大事な合戦に投入したのにね。

あと有名なのは劉備の子、阿斗を抱いて100万の曹操軍の中を駆け抜けたという逸話。阿斗は後に暗君としてその名を知らしめる劉禅。

劉禅のダメっぷりに多くの人が「あの時、趙雲は余計な事をしたな」と思ったに違いない。

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2011/12/22 (Thu)


南蛮の烏戈国の大王。
孔明の南蛮攻略の際に全滅させられてしまう悲運の将。

身の丈十二尺(約2m80cm)と言われる大男。
体はウロコで覆われており、穀物を食べず生きた蛇や獣を喰らうと伝えられている。
そんなバカなって感じだが、当時の漢民族の南蛮人のイメージはこんな感じだったのかもしれない。まったく失礼な話だ。

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2011/12/20 (Tue)


南蛮王である。
孔明にいいようにやられ、7回も捕まった。往生際が悪い印象もあるけど、彼は彼なりに南蛮の地位を維持するために頑張ったのかもしれない。彼らにとっては蜀は侵略者なわけだし。


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2011/12/16 (Fri)


孫策、孫権を支えた名軍師であり、優れた武将でもあった。見た目もカッコ良くて、芸術センスもある。おまけに奥さんは絶世の美人として有名な小喬。何たるリア充。

おそらくこのあたりの完全無欠な所が嫌われて、演義ではあのような孔明の引き立て役になったんだろうな。かわいそうに。

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